散歩道<280>

                          仕事について・(1)朝倉 摂様         (1)〜(2)続く
                               仕事に精神を絞り込む

 演劇、舞台、美術、デザイン、建築は、どれだけ多くのものを観てきたかの経験が後で大きく物をいいます。本当に自然界は新鮮なもので満たあふれています。私達は本当ににわずかな事しか知らないことに目覚めてほしい、そして、感じたものを自分の手で表現する訓練をきちっと積まなくてはいけません。何をやりたいかをはっきり伝える力。自分の仕事のハートを、ここに込めたと理解させる力量。コンピュータでも徹低してやる、そうでないと面白いものは出てきません。どのような仕事も、人が人とどう通じ合うかが原点。演劇も虚構の世界だが、そこに人間の自分の内側にあるリアリテーが呼び覚まされるから人は演劇をみたいのです。(表参道の同潤会アパートの安藤忠雄様の新しい設計の模型を観て感激された)表参道の美しさを守りたい。そういう多くの人の心を知っていて、しかも造形的に新しい。仕事の心にあるのはやっぱり本物のスピリットです。仕事には自分の持っている全てを打ち込むそれが仕事です。今、目の前にあるこの仕事をするために、今日まで自分の経験や努力はあったのだと、精神を絞りこむ。尖らせて行く。自分の提案をさらに超えた思わぬ発想には、すごいと思えば、私は引き下がる。思いもよらない才能に出会ったときにはさすがと、膝を打つことが出来なくてはならない。自分の地位やえらくなりたいと固守している人は、本質を見極める事が出来ない。頭の固い大人は、一方では若い人を持ち上げたり、年齢という一つの条件だけでみる愚をおかす。私はやりたいことでないとやらない。氣が乗らない仕事は、自分が納得するように仕切りなおす。芝居に関った仕事は儲からない。報酬は金というよりも、自分でうなずける舞台が出来たかどうかにかかっている。世の中は合理的に効率的な方向に動いている、人間はそれだけでは生きていくことは出来ない。無駄な部分に人間らしさが閉じこめられている。無駄に見えるけれど、みずみずしい新しいものに目を向けて仕事をしていきたい。合理性や効率の追求を人生にも持ち込んだほうがいいと、勘違いするから人は本当に生きるのが苦しくなるのだ。年をとると、わびとかさびとかいうけれど、それは怠け心が生じはじめた逃げと思う。みずみずしさを失い始めただけ。特に演劇などでは、わび、さびなんてありえない、俗っぽい、猥雑で生々しい生命力が存在していなくてはならないと思う。

朝日新聞'03.5/4-5/25)

関連記事:散歩道<210>ムダ、ムラ、ムリは、
散歩道<198>、<208>わび、さびについてはあります。

備考:朝倉 摂様が18年度文化功労者に決まった。おめでとうございます。!

備考:朝倉 摂様が'14.3.逝去された。ご冥福を祈ります。