散歩道<2797>
経済気象台(411)・大いなる誤解
大いなる期待は大いなる誤解に基づくことがある。世界金融危機で米欧は、日本の失われた10年を繰りかえさぬよう、不良債権処理や金融緩和や財政刺激を早く大規模で行い、日本とは違うと国民に大いなる期待を持たせようとしている。
だがそこには大いなる誤解がある。当時日本は、景気さえよくなれば不良債権は消えると考え金融緩和も財政刺激も早く大規模だった。金融破綻(はたん)の本格化した97年には公定歩合は0.5%、国の長期債務残高の対名目GDP比は70%に達していた。今欧米は不良債権処理より金融機関や産業の救済、景気対策優先で走り始めた。これはまさに日本と同じやり方だ。
その日本でも今、ニューディルなみの公共事業拡大を求めて期待が高まっている。だが米国の連邦債務残高は対名目GDP比は60%台なのに対し、日本は国の長期債務残高の比率はすでに117%で余裕はない。
また大恐慌のとき連邦政府は公共投資を増やしたが地方政府は減らした。このためニューディルは落ち込みを補う役割にとどまり、政府全体の実質公共投資は2000年を
100とする指数で1931年の8から38年に10と微増しただけだった。連邦債務残高の対名目GDP比は40%程度で横ばいだった。
そして中国の公共投資への期待だ。米欧では、日本と違い中国のインフラは未整備だからどんどん建設しろと言う。だが中国の高速道路建設は、アジア通貨危機時に加速し、05年には総延長4万`と、米国の州際高速道路7万`に迫っている。さらに加速すれば、日本同様ムダな公共事業の山となる。
大いなる期待が大いなる誤解*1に基づくと、大いなる失望を生む。要注意だ。
'08.12.17朝日新聞
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