散歩道<2768>
面白い文章・半藤一利様の話・相撲のラジオ中継の開始・テレビ結婚式のスタート ・・・・・世相(108)
相撲のラジオ中継の開始・ラジオで面白い番組なら1928.(昭和3.1.)
初場所や控え力士の組し腕・・・久保田万太郎の句である。相撲ファンなら、新しい年はやぐら太鼓の音とともにあける、と思うであろう。
1929年(昭和3)年ごろの相撲は、今と違って人気が無く、協会は経営難にフウフウいっていた、そくへNHKから(当時は東京中央放送局)から、ラジオで中期放送をしなか、という話が持ちかけられた。親方はでっかい図体をぶるぶるふるわせ反対した。
「そんなことをゆるしたりしたら、国技舘の客はますます減ってしまう」
六代目出羽の海親方だけは違っていた。
「ラジオで面白い勝負を耳にすれば、相撲に関心の薄い人もきっと、国技舘に来るようになる」
この決断で、1月12日、はじめて相撲の実況がラジオからながれた。これが大当たりで、大鉄傘下のマス席は超満員となる。ちなみに、それ以前は無制限であった仕切りに、制限時間が決められたのもこのとき。ラジオ放送に合わせたのである。文明は陋習(ろうしゅう)を駆逐する。半藤一利さん
テレビ結婚式のスタート・他人のプライバシーは商売になる1958.(昭和33.3.)
「新郎新婦の門出を、ブドウ酒の乾杯で祝福したら、きっと商品のイメージは上るに違いない」
というネライで企画にスポンサーがついた。早速テレビ局ではカップル探しを開始。話題性の多い男女でなくてはドラマチックに演出できない、ということでスタッフは血眼になった。
こうして初の「テレビ結婚式」という異色の番組が、1958(昭和33〕)年3月3日にスタートする。TBSのスタジオが挙式の場所となり、神主も牧師もなく、司会進行ならびに仲人役を徳川無声がつとめた。
第一回のときの花嫁となったM子さんはのちに語っている。
「申し込んだのは主人です。いま思い起こすと恥ずかしいやら・・・・若気のいたりでしたね」
当人たちのその後の当惑がどうあれ、これぞ「他人のプライバシーは商売になる」のはしりであった。大ヒットで番組はのちフジテレビに移り、八年もつづき、もっとどぎついのぞき見に席をゆずった。半藤一利さん