散歩道<2759>

                             本当に苦しむ死に直面(3)                     (1)〜(3)続く
                 生命の奇跡の重なりの上にある  「神なしの境地」が理想の行き方

・・・・最近の著書を読むと、宗教を学ぶことで悟りに達しているようにも感じます。
 十数年前に車イスで外出したとき、通りかかった女性に「お気の毒ですね」と言われました。「みじめだ」という目で見られているのか、といやな感じがして、木陰で考え込んだ時にふと、「私がいなければ、この考えはない」「自我がなければいいんだ」と気がつきました。ジエット機で雲を突きぬけて真っ青な空に出る時の感じでした。
 悩みも苦しみもない世界がある、と分かったら、もう怖くはない。入ろうと思えば、自我のない世界に入れる。雑念がすべて取り去れれば、真っ青な空の中に自分なしでいられます。
・・・・ご自身の死についても?
 「あなたも宇宙のなかのほかの粒子と一つづきで・・・実体はない」。般若心経の「空」
(くう)の世界を、私はこう訳しました。実体のない自分。その死も別に怖くはありません。
 死にたくても死ねない老人病院の女性たちを見て、正直なところ、死についての感じ方は揺れています。でも、人間の死も散っていく紅葉と同じで、自然のなかの一つの景色として眺めれば、ささやかな出来事。静かであってほしいものです。
・・・・生命科学の研究者として、宗教をどうお考えですか。
 宗教はいずれ科学で解ける、と考えています。私も強いストレスにさらされる中で何度か神秘体験に出会いましたが、それも脳の研究が進めば、脳内快感物質の分泌と関連づけて説明できるようになるでしょう。
 一方で、人が自己を高め、心の成熟を得るために、苦悩と祈りは大事です。ナチスに処刑されたドイツの神学者ボンヘッファーは「神の前に、神とともに、神なしに生きる」という言葉を残しました。謙虚に、自分を大事にして、自分の足で生きるという「神なしの境地」が私には理想の生き方です。


'09.1.16.朝日新聞・生命科学者・柳澤 桂子さん

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