散歩道<2749>                 (面白い話大集合の為)  487から移動

                       反時代的密語理想の旗を高く掲げよ(1)              (1)〜(2)続く

 私は40年前、世界について1つのイメージを抱いていた。法華経が語る家が火に燃えているのにも気づかず遊びに夢中になっている子供のイメージである。現代における環境破壊は、この法華経の語る「火事」であると思う。環境破壊は日増しに広がり、いまや人類そのものを滅ぼす大いなる危険となっている。それなのに人類はその恐ろしさに気付かず、やれ戦争だ、やれスポーツだと遊び戯れている。危険が迫っているのにそのように遊びにふけっているのは、恐らく自分が生きているうちはまだ致命的な破滅は訪れないと思うからである。しかしそのような時は100年後か、500年後か、1000年後には必ず来る。京都議定書はこの人類の破滅を大幅に遅らせようとするものである。世界の二酸化炭素の4分の1を排出する米国は参加しない。アメリカはまだ近代思想を強く確信しているからであろう。近代という時代は2つの哲学によって支配されている。1つはデカルト、それは理性を持った人間を世界の中心におき、その人間と自然を対立させ、人間が自然の法則を認識することによって自然を支配しそれによって武力と経済力を獲得することを最大の善と考える思想である。もう一つは国家の力を絶対化するホップスの思想である。京都議定書の実施に最も熱心なのはヨーロッパであるが、近代文明を生み出したヨーロッパ諸国はその限界に気づき始めたのではなかろうかと私は思う。しかしこの近代文明を移入し、かって人類が持ったことのない巨大な軍事力と経済力を持つ超大国アメリカはこのような文明の持つ危険性について、ヨーロッパ諸国に比べて認識に乏しいのは当然といえば当然ともいえる。京都議定書の発効において日本がアメリカとヨーロッパ諸国の調停を行うべき努力をしたことは評価できるがそれだけでは不十分である。なぜなら日本ほどこの問題において積極的に発言できる国は世界のどこにもないからである。この議定書が日本で、しかも京都で採択された意義は大きい。京都は平安仏教すなわち天台仏教と真言密教を総合し、しかも浄土、禅、日蓮などの鎌倉仏教の思想的根拠を与えた天台本覚論は、動物ばかりか植物すら、全て生きとしいけるものに仏性あり、それらはやがて仏になれるという思想である。この思想こそ約1万2千年前に農耕文明がおこる以前の狩猟・採集時代の人類の普遍的な哲学であると思う。農耕文明がはじまって人間を特別なものとする農耕文明思想が生まれ、それが理性によって人間の他の生物に対する優越性を農耕文明で示すプラトンの哲学になる、この哲学農耕文明はキリスト教に受け継がれ、支配権を人間の他の生物に対する主張する思想となる。

'05.3.朝日新聞、梅原猛様、


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備考:本当の所、宗教は私には難しくてよく理解出来ないところがある。