散歩道<2729>
社説・混迷の中で考える(1) (1)〜(3)続く
何という夜明けだろう。
100日余り前に米国の繁栄の象徴ウオール街を襲った激震は、同じニューヨークの世界貿易センタービルを崩落させた9・11テロをしのぐ破壊力で、地球を揺さぶり続ける。
お金の流れが滞って、消費も投資も貿易も縮む。経験したことのない経済の急降下。主要国の株は半値になった。先行きへの心配が企業や消費者の心理を凍らせ、デフレ不況へのおののきが世界に広がる。
市場の失敗の大きさ
だがここはあわてずに深呼吸してみよう。この危機の意味を考え、それを次の時代への手がかりにできれば、不況を乗越える力ともなる。
人々を豊かにするはずの自由な市場が、ときにひどい災禍をもたらす。資本主義が本来もっているそうした不安定性が、金融規制を極限まで緩めたブッシュ政権の米国で爆発し、グローバル化した世界を瞬く間に巻き込んだ。それがこの危機だ。
今年はベルリンの壁と共に東西の冷戦秩序が消滅してから20年になる。地球は一つの市場となり、お金、モノ、そしてITによる情報の流れが豊かさと便利さをもたらした。
このグローバル化を牽引したのが米国だ。株主や投資家の利益を何より重視する。働く人の暮らしや企業の責任よりも、お金を生み出す効率を優先する。1970年代かrレーガン革命を貫いて今日に至る「新自由主義」の考え方に支えられた市場のあり方は、世界にも広がった。
それが行き着くところまでイっての大破局だ。気づいてみれば膨大な数の米国民が仕事や家を失い、社会の格差は広がり、国の象徴だった自動車をはじめ、製造業は見る影もない。
人間や社会の調和よりも、利益をかせぎだす市場そのものを大事にするシステムの一つの帰結である。
'09.1.1.朝日新聞、