散歩道<2719>

                       ポリティカにっぽん・オバマ演説に学ぶ・レトリックか「やさしい心」か(2)           (1)〜(3)続く

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 次いで、オバマを一躍有名にした2004年の民主党大会での基調演説をビデオで観た。15分ほど、題して「大いなる希望」。十分英語は聴き取れなくとも、それは「言葉の音楽」、ベートーベンの第九のように盛り上がっていく。その中で、オバマ演説にはイメージやレトリックだけではない、人々の心を打つ、二つのことを感じた。
 ひとつは「やさしさ」。オバマが「アメリカの素朴な夢」と信じるのは、「夜、子供たちをねかしつけながら、かれらが衣食足りて、危害から守られていると実感できること」である。だから、メキシコに工場が移転して失業した労働者が病気の子供の薬代に困っていることに同情する。イラク戦争で息子を失った家族の生計を心配する。「失業者には職を、ホームレスには宿を。我々はそれを実現する」と訴える。
 その「やさしさ」は、シカゴの黒人スラムの貧困と闘った若き日のオバマの地域活動家の経験が培ったのかもしれない。いま日本で、派遣や期間工の首切り問題に懸命に取組んでいる「反貧困」のユニオンやNPOの活動家と共通するかもしれない。
 もうひとつは、「国民の統合」である。こんどの勝利演説でオバマは「老いも若きも、金持ちも貧しき人々も、民主党も共和党も、黒人も白人もヒスパニックもアジア系もアメリカ先住民も、ゲイも障害者も」みんな[合衆国だ」と呼びかけた。このフレーズは04年の中にすでにある。
 同じ改革でも、小泉構造改革が「敵味方」をつくる政治構図だったのに対し、オバマはブッシュ政権の残した国民の分裂を癒すべく登場した。だが、オバマの夢は夢、イラク、アフガニシスタンの二つの戦争と経済危機、オバマも国家を背負えばイバラの道だなと思い巡らしながら、私は勉強会を後にして、その日午後の参院厚生労働委員会の傍聴に向かった。

'08.12.29.朝日新聞・本社コラムニスト・早野 透氏