散歩道<2679>
百済から見た日本古代・「国のかたち」そっくり(1) 1、律令制度・2、飛鳥寺とにた寺、複数、 (1)〜(2)続く ・・・・・発想を変える
古代の日本が中国をモデルにした律令制度が朝鮮の百済(4世紀半ば〜660年)が窓口になったことを示す木簡が韓国・扶余で発見された。奈良〜平安時代の律令制度を支えた財政制度「出挙(すいこ)」と同様の仕組みが百済に存在した。
'08.11.25.&12.3.〜12.4.朝日新聞
1、律令制度
出挙(すいこ)とは:作付けの季節や食料が不足すると端境期に農民に種もみを貸し、収穫の秋に回収する制度で、中国では私的な貸借だった。中国をモデルにした日本の律令制度は公的制度とされ、租庸調と並ぶ財源となった。私的な出挙の利子は上限が10割だが、公出挙では5割。地方の役所の運営、港や駅の維持、寺社の造営など、広範な行政や社会活動が公出挙の利子に依存し、貸付は次第に強制化された。見つかった木簡から百済も公的出挙が存在し、利子が日本と同じ5割だったことも分かった。(古代の国作りの知識は、遣隋使、遣唐使を通じて中国からもたらされたというイメージが強いが、中国とは国の規模も違い、そのまま導入するのは難しかったと思われる)
題籤軸(だいせんじく)とは:中国では律令行政文書に紙を用いたのに対して、日本と朝鮮では木簡と紙を併用した。個々の出挙の貸付・回収などは木簡で行うが、貸した相手が死亡した場合に免除するなど減収の場合は、人名や理由を一覧にして紙で報告したことが分かっている。題籤軸は紙の文章が存在したことを意味し、そこに書かれた「与帳」は出挙で貸し出したが回収を求めない相手とその理由を記したリストの巻物だろうと想像される。(国立歴史民族博物館の平川南館長)
備考:律令格式:古代中央集権国家の基本法典の総称:律令は中国で発達した法体系で、律は犯罪・刑罰について定める基本法、令は国家制度全般について定める基本法、格式は律令を補完するもので、格は律令の規定を増補修訂する法令、またその集成、式は律令および格の施行細則、
![]()