散歩道<2640>
美術展・アジアとヨーロッパの肖像(1) (1)〜(2)続く
この美術展には、ヨーロッパとアジアと接する前と後で、どのように人物像、風俗、風景、地図等の見方が変わっていったかを当時の肖像や、絵画、版画、地図、陶器類や根付等に表現されているもので知ることになる。16〜17世紀ヨーロッパからアジアへの進出が盛んになると共にそれは必要性に応じて作成されたものである。
日本人は、16世紀の4人のイエズス会ヨーロッパ使節団の派遣によって西欧で理解され従来の認識が修正されることにもなる。又、16世紀以降、日本には南蛮貿易によって外国の文化が長崎の出島を通して入ってくる。物珍しさもあって入ってきた文化は大切にされる。 一方、印刷技術の進歩により出版され紹介される外国の人物像、風俗等も、社会に広まる。屏風(万国人物図屏風)に描かれた初めて見る色々な多くの外国人の姿を地図から知ることになり驚く。
一方、4年に1度の将軍とオランダ商館長や館員、医師との接見が許されていたため、道中の様子や深く、広い情報がこれらに同行者から伝えられ、又作成されて主にヨーロッパにも伝わることになる。日本人もこれらの人々に興味新進であった。
19世紀になるとロシア、アメリカ、イギリス、フランスからの通商要求が強く求められる、日米修好条約に調印(1858).、神奈川、長崎、函館の3港を開く(1859)、ここから相手を知る接点ができる。
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