散歩道<2632>
経済危機の行方・繁栄続き、楽観しすぎた米国(3) (1)〜(3)続く
各国の政策、同質化進むだろう
グローバル化が進んでくると、各国間で問題認識を共有しながら、お互いの経済や政策へのピアプレッシャー(仲間内の監視)を強めるしかない。結局、政策もグローバル化に同質化してくるだろう。
今回も、ある国が預金を全額保護すると、他国も追随せざるを得なくなった。銀行への公的資金注入も、横並びで実施しなければ、市場に狙われて株価が急落する。もはや一国だけ「我,関せず」ではいられない。
同様に、政府や公的部門の役割も今後、標準化が進むのではないか。欧州のように、公的部門が雇用や社会保障でそこそこ力を発揮するモデルに収斂(しゅうれん)していいくような気がする。
実際に、米国は金融システム再生のために、相当の公的資金を投入する。これまでは自由な市場競争だといってきたが、今後は市場監視や規制強化で政府機能を拡充するだろう。医療保険も民間に任せてきたが、公的医療保険が見直されるかもしれない。
となると、国民負担率(国民所得に対する税と社会保険料の割合)は、従来の35%程度では無理が生じる。世界の中で特定の国だけが「小さな政府」のままで、グローバル化に耐えられるのだろうか、という問題だ。
日本はこれまで、米国を模範にやっていた。数年前まで投資銀行が直接金融時代のお手本のように評価され、少ない資本でレバレッジ(てこの原理)をきかせ、わずかな金利差で大きな収益をあげるビジネスモデルを目指せといわれてきた。しかしいま、お手本だった米国自体が変わろうとしている。
日本も、米国に追随するだけの政策は変更を余儀なくされると思うが、まだギアチェンジができていない。
国民負担でも、これまでは米国型の低負担率で何とかしようとしてきた。いまは将来世代からの借り入れで欧州並みの中福祉を得ているが、このままでは限界が来る。増税などによる負担増で公経済を拡充することを、国民がどう考えるか。
歴史を後からふり返ってみれば、今回の危機は、日本が欧州型に近づいていった転換点だった、ということになるかも知れない。
'08.11.7.朝日新聞、大和総研理事長・前日本銀行副総裁・武藤 敏郎氏