散歩道<2630>

                      経済危機の行方・繁栄続き、楽観しすぎた米国(1)               (1)〜(3)続く

 私が日本銀行にいた05年ごろ、米国の連邦準備制度理事会(FRB)を訊ねたとき、FRB高官に「住宅価格の急騰は異常ではないか。バブルではないか」と尋ねてみた。彼は「日本は投機だったが、米国は実需増による価格上昇だ」と答えた。自信たっぷりだった。
 90年代に急増した移民が米国社会に定着し、家を持てるようになった。住宅の値上がり分を担保に金を借りられるから消費も増える・・・・。そういう説明だった。グリーンスパーン前FRB議長も、サブプライムローンはアメリカンドリーム実現の手段だと評価していた。
 すべてが楽観的、肯定的なとらえ方だった。金融の技術革新で生まれた証券化商品として、サブプライムローンは他の債権に混ぜ合わされ、リスクが分散されている、という触れ込みだった。
 だが結局、利点や進歩と考えられたことが、同時にネガティブな面も持っていた。住宅バブルが崩壊すると、焦げ付いた債権がどこに紛れ込んだか分からず、疑心暗鬼が証券化商品全体の投売りを招いた。
 今から見れば、危機に陥った理由はすべて合理的で、納得できる。なのになぜ楽観論ばかりが支配していたのか。それは、危機の前夜に、きわめて長期の繁栄があったからだ。大恐慌の前の米国も、80年代後半の日本もそうだった。
 世界経済は04年から4年間、平均5%成長した。この30年間無かったことだ。物価や金利は安定し、米国では「ゴーディロックスエコノミー」という言葉がはやった。子熊が食べるのに熱すぎず冷たすぎず、ちょうどいい温度という意味、それが今の経済だといわれる。
 FRBも成功体験を、過信していた面がある。ITバブル崩壊後、景気を早く立ち上がらせるために果敢に利下げをし、金融緩和を長く続けて、景気を過熱させた。それがバブルのマグマになった。日本の経験からバブルを急につぶすのは危ないと考え、静かに収束させようとして、利上げが後追いになった。

'08.11.7.朝日新聞、大和総研理事長・前日本銀行副総裁・武藤 敏郎氏