散歩道<2596>

                    経済危機の行く方欲望と倫理 バランス不可欠(1)            (1)〜(3)続く

 今回の危機では、実体経済の黒衣だったはずの金融が、富を生み出す主役になり、地球規模で一体化した国際金融市場を舞台に猛烈に膨らんだ末、パンクして世界同時不況を起こした。まさに新型の危機だ。
 住宅価格が上り続けない限り回収できない債権を組み込んだ証券化商品を売り逃げたり、レバレッジ
(てこの作用)を利かせて元本の何十倍にも信用を膨らませたりという、カジノ化した取引が横行した。
 どこまでが必然的に起きた市場の失敗なのか、どこまでが市場参加者や政府当局も含め人為的な間違いをした結果なのか。
 米国内では、どちらかというと、金融資本主義の発達自体は間違っていなかったという人が多い。そのうえで、本来もつべき透明性や公正さ、なにがしかの倫理観の欠如があり、リスク管理体制や透明な会計、監視体制を市場に組み込むことを怠っていたと見る。つまり、市場の失敗よりも、市場をうまく機能させることができなかった人間の失敗だというわけだ。
 今回の危機の根元には、市場への過信があったと思う。冷戦が終わり、市場を中心に資源を分配する資本主義をが勝利した。資本主義は、人間の欲望を動力として使うダイナミズムが強みだ。しかし他方に、平等などの価値を掲げた社会主義という強力な対抗軸があったため、資本主義も福祉国家という形でその要素を取り込みながら、持続的な成長を果たしてきた。
 ところが冷戦に勝利したあと、ある種のおごりというか、市場が万能だとする新自由主義に基ずく「ワシントン・コンセンサス」に覆われてしまった、米国はベトナム戦争で疲弊した経済を「レガノミックス」で再生し、世紀がかわってからもITブームが続いて、一度は失った競争力を金融とITで取り戻した。地球規模に広がった市場経済における主導権も取った。これが過信につながった。
  

'08.10.18.朝日新聞 元大蔵省財務官・行天 豊雄氏