散歩道<2594>

                      アジアと日本文化共通意識生かす外交へ(2)                  (1)〜(3)続く

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 第2次大戦後、国際社会の名誉ある一員と認められるために、日本は、日米同盟を基軸とし、「平和外交」と経済発展に徹し、やがて、その基礎の上に、国際社会への「貢献」を旗印として、国際的地位の向上を図った。アジアでの日本の地位は、(欧米中心の)国際秩序における役割に規定された。日本は、アメリカの世界戦略に協力する形で、アジアと向かい合った。日本外交は、アジアの民衆よりも、相手国政府の戦略とアメリカのアジア政策と連携した。
 アジアのいくつかの主要国が、非同盟主義や第三世界の経済論理を主張するとき、社会主義など一部をのぞけば、日本は、いつも「西側」の陣営からものを見ていた。アジアの国の発展が軌道にのり、何人かの東南アジアの政治指導者が、アジア的価値に基づく経済発展と政治的成熟への論理を持ち出したとき、日本の政策当局者は白い目を向けた。国民の大多数も、アジアよりは、アメリカを向いた。近代において、日本の国民とアジアの民衆との間に、真の連帯意識が生まれたことは、一部の人々を除いて存在しなかったといっても過言ではない。
 しかし、今、ほとんど、歴史上はじめて、アジア、とりわけ、日本、韓国、台湾、中国の沿海州を中心とする都市部の若者の間に、ある種の文化的共通意識が育ちつつある。一種の文化共同体が東アジアに出来つつある。
 アニメ、マンガ、ファッション、アート、コンテンポラリーダンス、アジアンポップス・・・・ポストモダンの芸術、美術、音楽の分野で、アジアはある種の一体感をもち、またアジアのダイナミズムは、多くの分野で、世界をリードする力を持ちつつある。その過程で、アジアの若者たちは、政治的国境を超え、経済的障壁を乗り越えている。
 そうとすれば、アジア共同体構想といったものも、政治や外交、あるいは経済、貿易、金融、環境、エネルギーといった視点からばかり論ずることは、もはや時代遅れではあるまいか。今アジアの民衆をつないでいるのは、政治でも経済でもなく、ある種の文化的社会現象である。
 こうした現象を、日本のソフトパワー発揮の好機ととらえて外交の手段、すなわち日本の政治的影響力を増大させるために使用しようとするのは、いささか邪道であろう。なぜなら、現代文化の潮流は、そこに、反権力の色合いと反社会的とすらいえる創造的ダイナミズムを内包しているからである。

'08.10.18.朝日新聞・国際交流基金理事長小倉和夫氏