散歩道<2586>

                    経済危機の行方・資本主義は本質的に不安定(1)             (1)〜(3)続く

 世界大恐慌は1929年の米国株暴落からはじまり、30年代まで長く続いた。今回の金融危機の規模はそれ以降、最大のものだということは、誰もが認めるだろう。対策が後手にまわった当時と違うのは、日米欧の金融当局が共同歩調をとり、金融機関への国家資金の注入にすばやく動いたことだ。今はそれが一応功を奏して、少し安堵(あんど)している状態だ。30年代ほどの恐慌になる可能性は小さいが、株価は依然乱高下しており、今後の処理を誤ると、世界中で「失われた10年*1」に入ってしまう瀬戸際に立たされている。かくも大きな金融恐慌が自分が生きている間に起きたことに驚いた。だが、起こること自体には驚いていない。私は資本主義というものが本質的にこういう不安定さを持っていると常に考えてきたので、理論的には予測されたことだからだ。
 経済学者のケインズは市場経済は不安定であり、政策によるある程度のコントロールが不可欠であると考えた。世界大恐慌のあと、この考えが特に米国の政策の柱になり、成功した。ただ成功が行き過ぎて、景気対策のための国家機構が肥大しすぎて、無駄が大きくなった。
 そこで60年代から英米を中心に、フリードマンを中心とする新古典派経済学が思想として優位に立ち始めた。市場経済は、国家の介入や規制を出来るだけすくなくし、純粋化すればするほど効率化と安定化が達成されるとする考え方だ。それが、80年代に米国のレーガン政権や英国のサッチャー政権の経済政策の理論的裏付けになり、今や経済学の主流派の地位にある。
 それを極限まで推し進めたのがブッシュ政権だ。規制をなくして、負債でも何でも証券化し、世界のあらゆる部分を市場で覆い尽くそうとする。近年いわば、新古典派の考える理想郷をつくる壮大な実験がグローバルな規模で行われていたと考えていい。実験の成否を問うテストは、90年代後半のアジア通貨危機あたりからあり、ほころびは見えていたが、今回の危機で実験は破綻
(はたん)した。

'08.10.17.朝日新聞問、東大経済学部教授・岩井 克人氏

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