散歩道<2587>

                    経済危機の行方・資本主義は本質的に不安定(2)             (1)〜(3)続く

貨幣それ自体が実は純粋な投機

 資本主義はなぜ不安定なのか。それは基本的に投機によって成立しているからだ。単純にいえば、たとえば自動車会社は、自動車を自分が乗るためでなく、将来だれかが乗るために買ってくれるという予想のもとにつくる。そこに一種の投機の要素が入ってくる。
 また、株式、債券、為替といった金融市場は、実需とはほとんど関係ない。プロの投資家や投資ファンドが、お互いの思惑で売り買いしている。ほとんど投機によって動いている。
 主流派経済学は、高い時に買い安い時に売る頭の悪い投資家は、すぐに市場から淘汰され、頭のいい投資家だけが残るから、市場は安定し、投機は安定につながると主張する。それは、みなが相手の予想や思惑を探りながら動くことがない、牧歌的な市場だけの話だ。
 資本主義全体が投機であり、本質的に不安定だと私が考えるのは、実は資本主義を支える貨幣それ自体が純粋な投機と考えるからだ。貨幣の存在は、物々交換の手間をはぶき、経済を大いに効率化した。しかし、貨幣それ自身に、本質的な価値はない。それを何かと交換に他の人が受け取ってくれると予想し、その人も他人が受け取ってくれると予想しているからもっているにすぎない。
 だから、隠された形ではあるが、貨幣自体が投機なのであって、結局、貨幣の信用は「みんなが貨幣であると思っているから貨幣だ」という自己循環論法で支えられているにすぎない。そう考えると、貨幣は効率化をもたらすが、半面、大変な不安定をもたらす可能性をも持つ二律肯反的な存在になる。貨幣が支える資本主義において、新古典派経済学者が説くような効率と安定の共存はありえない。

'08.10.17.朝日新聞問、東大経済学部教授・岩井 克人氏

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