散歩道<258>
                  
広告  無印良品(2)の家・これからの家は

 写真はアフリカのカメルーンの北部の山間地域にある「ディリ」という名前の小さな村です。かってこの地を旅したフランスの作家、アンドレ・ジィドが「世界で一番美しい村」と称した場所。それがこのディリかもしれない。そんな噂のある村です。
 電気も、水道もない。もちろんテレビもない。村の中央にはひとまたぎで越えられそうな小川がひとすじ。土塀に草葺の屋根を乗せた住居が濃い緑の中にぽつりぽつりと顔をのぞかせます。家々の周りには家族が食べられるだけの穀物が植えられ、食時時になると家々の草屋根からゆっくりと白い煙が湧くき出てきます。「なにもないがすべてがある」そんな形容がふさわしい静かで豊かな光景です。
 さて私達の暮らしはどうでしょうか。経済がいかようであれ、日本に住む私たちの暮らしも豊かでなくてはなりません。地球の資源の限界を自覚し、環境に対する慎ましい配慮も生まれてきたはずの日本です。自然を汚す過ちを起こしたけれども、それを回復させる努力を行うことで、鮭の上る川を取り戻した日本でもあります。自分たちの都市が決して美しいとはいえない様々な矛盾を抱えていることに気がついてからすでに久しい。そんな私たち
がこれから向かうべき暮らしはどんなものでしょうか。考えてみると、私たち日本人は自分達の住まいをしつらえていく規範を長い間持たないで暮らしてきました。西洋化、近代化を目標にして、伝統的な日本の住まいを手放して以来、100年以上の歳月が過ぎました。しかしながら、現代という時代を暮らす住空間として、世界に誇れる住まいの形を私たちは手にしていません。

 いかによりよく住まうか。この基本的な問をまず発してみてはいかがでしょうか。そこから自由にご自身の住まいを構想してみてください。夢を語るのではなく、現実として。ただし、その形を「2DK]とか「3LDK}などという記号に置き換えることをやめましょう。不動産売買のチラシにいつの間にか影響を受けて、本来は自由であるはずの住まいの姿が私達の意識から遠ざかっているかも知れません。豊かさのひとつは、人それぞれの営みにふさわしい住まい方を発見していくことではないかと無印良品は考えています。
 無印良品はいくつの方法で住まいを提案します。そのひとつは「編集」という考え方。生活の空間は建築の都合で決められるものではありません。むしろ暮らしが積み重なって、住まいの空間が育っていくと考えたほうが自然でしょう。5000アイテムにのぼる無印良品の商品はバラバラな製品ではありません。全ての製品の背景には究極のシンプルを目指す明快な思想があります。したがって、それらは単なる商品の集合ではなく、自由に選べる5000アイテムとして編集された「暮らし」なのです。皿はスープやホークと連携するのみならず、冷蔵庫やソファ、そして収納器具と連携しています。それらの組み合わせによって調和のとれた住まいの空間を構築していくことができるのです。
 ふたつ目は居住空間としての「インフイル」への取り組み。建築の構造物を「スケルトン」と呼び、目的に合わせてしつらえる内部を「インフイル」とよびます。マンシヨンの老骨化やビルの空きスペ−ス増加が問題となる日本ではインフイル再生への対応が今後は大変重要になっていきます。無印良品商品は床、壁、天井、水まわり・収納などを極めてシンプルに再構築するプロジェクトに挑戦しています。その第1号は、合理的な収納を考えつくすこと、そして空間の分割をは廃することにより、ゆったりした一室空間として誕生しました。生活の変化に応じて間取りを自在に変化させることの出来る新しい住まいです。無印良品商品の全ての製品がこの空間にベストすることは言うまでもありません。これをさらに発展させて、木造住宅、そしてコンクリート住宅の構想も進んでいます。よく工夫された日用品が良質な生活を育み、そこか優れた「住まい」が生まれる。無印良品は着実に、そしてていねいに「家」に向かいます。
(これは704.1.12.朝日新聞に載った無印良品”家”の広告です。)
散歩道<184>に無印良品の未来があり