散歩道<2546>
講演会・「福沢諭吉の倫理観における『公』と『私』」(1) 自分流に纏めた。 (1)〜(2)続く
福沢諭吉さんは、初めてスピーチを演説、バンクを銀行、インシュアランスを保険、コンペションを競争と訳した*1人である。「学問のすすめ」は、法の支配の大切さが書かれている。現代でも難しい本であるが、当時の日本の人口は3200万人、その内1/160人がこの本を買って読んだらしい。
彼は、当時の社会の常識や考えに真っ向から反対の意見を述べたり、自分の考えを発表している。当日の講演内容等から、
1、赤穂浪士の取った行動は正しかったのか?、一人の人間への復讐ではないか?、法の下で相談し、裁かれるべき問題ではなかったか。
2、佐倉の宗五郎は、自分を犠牲にして農民の年貢減免に尽くした。その行動は、評価されるべきではないのか。
3、豊臣秀吉は、人を犠牲にし自分ひとり偉くなっている、この生き方には問題はないか。
4、古今和漢の道徳論には「私徳」・「公徳」の優先順位が明確になっていない。(日本男子論)
5、偽君子への皮肉:巧言令色、銭をむさぼるものは『論語』を講じる人の内に在り」(『概略』第6章)・「此点より見れば文明男子の目的は銭に在りと云うも可ならん」(時事新報・明治19・9・29)・・・・・(どうもこの文章は渋沢栄一*2を指しているらしいという)。
6、勝海舟、榎本武揚(幕末、幕府側にありながら、明治政府以降、政府で活躍している人)、に対しても文章で鋭い批判を浴びせているらしい。
7、倫理性卓越性・すなわち倫理的な「徳」にはこれらには情念と行為に関するものであるが、これにおいては過超と不足とが存在する。中が成果の鑑となる。
8、恐怖と平然に関しては、勇敢がその中庸である。快楽と苦痛においては、中庸は節制であり、その過超は放埓である。
9、人と接することは大切である。接しないのは勇気ないからである。
'08.9.18.講演・国際日本文化研究センター所長・猪木武徳氏
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