散歩道<2533>

                           経済気象台(372)・長寿価値

 我が家に液晶大型テレビがやってきた日、家族は大きな画面を食い入るように見つめていた。番組を見るよりも、迫力のある大画面を見ることが目的だった。しかし、時間とともに大画面にも慣れ、今では、家族にとってごく当たり前の道具となっている。
 池袋ー渋谷間をJRよりも速く結ぶ地下鉄副都心線が話題になっている。しかし、多少に時間の短縮と、西武池袋線、東武東上線から直接渋谷にいけるというメリットはあるものの、すでにJR山手線や埼京線が平行して走る状況のなかで、多くの資源や資金を使ってあえて作るほどの価値が新しい地下鉄にあるのだろうかと感じた人も少なくないだろう。
 どんなに優れた機能でも、人はいつか慣れ当たり前なこととして受け止めるようになる。一方で、人がモノやサービスに関してほぼ満足している時代に、利益機会を作ろうとする余り、生活者がそれほど強く求めてはいない過剰な便利さや快適さをを追求する商品も多く生まれている。だが、そのような商品への関心が失われるのもさほど時間はかからない。
 時間がたつことで、深まる価値がある。それはまた、豊かさを知る一方で、不況などの苦い体験から賢さを身につけた生活者が納得する価値でもある。「100年住宅」「30年テレビ」「20年カー」。気に入ったものを長く使えるという価値は、時間の経過とともに評価が高まる。壊れない、壊れても、部品がいつまでも用意されている。修理して長く使える。メンテナンスが行き届いている。インフレ状況では若干微妙だが、地球温暖化対策が叫ばれる中、多少の負担を負っても人が優先して求めようとする価値である。


'08.8.2.朝日新聞

備考:この記事を読んで二つの話を思い出した。一つは新車の自動車である、どんな新しいスタイルも見慣れて来ると必ずデザインの新鮮さが感じられなくなる。もう一つは、介護をされている人から聞いた話である、最初は感謝の気持ちで受けていたものが慣れてくると、それが当たり前のことにのよう感じ、最初の感謝の気持ちが薄れてきがちであるという。人とは難しいものだ。