散歩道<2532>

                               美術展・佐伯 祐三展

 '08.9.10.今日はウイークデーであるが若い人が多い、全体から受ける印象は、暗く重い感じがする絵が多いがそれは当時の彼の心の表現だと思う。自分が考えていることははっきりと表現されているようにみえる。当時のフランスは社会全体が重苦しい雰囲気であったようだ、近代化へ向かう社会の中で、その進歩にとりの越された人(靴職人や漁民、農夫、作業夫)や街がそこにあった、背景だけでなく彼の心も晴れていなかったようだ。私はフランスに行く前の数多くの自画像や、特に晩年のパリの街角や風景画が特に好きである。
 彼はあこがれたパリの今の本当様子を絵を通して残すか、知らせた
(伝えたかった)かったのではないか。私にはそのように思える。 壁などの書かれている広告や落書き、また居酒屋やバーの乱雑に置かれた机や椅子の様子が当時の人の思いが見えるような気がする。教会、街角の広告、カフェーレストラン、パリの街角、パリの裏町、あるがママの姿を捉えた、街の風景は実に素晴らしい。それはこれからの日本の姿であり世界の姿を予想したものであったように思える。
 ヴラマンクから指摘された「アカデミック」の問題は、その後の彼の努力により、画家としての幅の広さ、高さを素晴らしく上げることになる。影響を受けたユトリロ
*1(から影響を受けノートルダム寺院の絵、リュサンプール公園の人物を線として描いている)、の絵と比較し、壁に描かれた文字のある建物は、人の匂いがそこに感じられるようで、私は好きである。1枚の水彩画の景色の絵は、明るくやわらかな絵で、彼の暗い絵ばかりを何枚も観た後であったのでほっとした。
 彼の住む街はこの日本にはなかったようだ、2度の渡仏後、体調を崩すことになったが、死ぬ間際まで絵を描き続け、燃え尽きてこの世を去ったように思える。

散歩道<460>-90*1.ユトリロ、<1588>大阪近代美術館コレクションズ・佐伯祐三とパリの夢