散歩道<2523>
   
                     opinion 福田首相辞任・責任忘れた小粒な政治(1)                (1)〜(2)続く

 福田政権に支持率が浮上する要素はまったく無く、自然死に向かっているのは明白だったとはいえ、突然の辞意表明には全く驚いた。というか、あきれた。街の声も、驚きというより、「またか、やれやれ」という感じが強いように思う。
 「やれやれ」の理由の一つはデジャブ
(既視感)だ。誰もが安倍前首相が政権を投げ出した時のことを思い出しただろう。ただ、彼の場合はある意味で、若いから仕方がないという受け止め方もできた。年輪を重ねたはずの福田首相が、自分のプライドだけを大事にして責任を放り出した姿は、醜態をさらけ出したといわざるを得ない。
 「やれやれ」のもう一つの理由、今後の政治への想いだ。取りざたされている自民党の後継者の名前に、新鮮さを感じる人がどれだけいるだろうか。一方で、政権交代を迫る民主党の側も、どれだけ責任を全うできるかよく分らない。麻生太郎氏も、小沢一郎氏も、安倍氏や福田氏と同様、世襲政治家だという点が象徴的だ。この国の政治家はもはや、家業となってしまった。家業であれば流動性は担保されず、経済格差もあって社会の下から政治を変える動きは出にくくなる。「やれやれ」の理由は、そこにもある。
 それにしても、福田首相の辞意表明は、この国の現状を極めてよく表している。本来なら人格に広がりや深みが出てくる年齢のリーダーたちが、他者の痛みに共感することもできず、自分の責任の重大さを理解することもできない。

'08.9.3朝日新聞・ノンフイクシヨン作家・佐野 眞一氏


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