散歩道<2521>

                 opinion私の視点・福田首相辞任(1)国民とは違う「物語」を語る          (1)〜(2)続く   

 福田首相の辞任の弁を聞いていると、ある意味でわかりやすいことを言っていると思った。それなりに合理性がある。
 彼が語ったのは、防衛省の不祥事や消えた年金記録、後期高齢者の問題など、自分が起こしたのではない過去からの問題処理に終われ、やりたくもないことを押しつけられていたということだ。しかも「ねじれ国会」のもとでやらされた、それなのに批判されたという被害者意識が見える。当人のストーリーとしては冷静なんだと思う。
 ところが世間は違う。当初5割を越える支持があったのに、その後どんどん下がった。辞めるのかなと思っても辞めない。民主党との大連立に失敗し、党首討論では「かわいそうなくらい苦労している」と政治家とは思えないような泣き言を言ったが、その時も期待を裏切って辞めなかった。
 ひょっとして衆議院議員の任期満了の来年9月までやるんだろうか、と多くの人が思い始めた。主要国首脳会議
(G8サミット)をこなし、内閣も改造した。いまや国民からみれば続ける方が合理性がある。それなのに、突然の辞任。首相の頭の中と国民が思うことが、あまりに違う。
 当人は自信満々だ。これだけ悪い政治状況のなかで、道路特定財源の一般財源化や消費者庁設置などの方向性を打ち出し、しかも次につないだ。大連立を持ちかけ、民主党の小沢代表をいったんは辞意表明にまで追い込んだ。突然の辞任が「無責任」と批判されるが、安倍前首相とちがって臨時国会の前だし、所信表明演説もやっていない。ベストの時期に辞めた、国民のためにいいことをした。そう思っているのではないか。

'08.9.3.朝日新聞・東京大学教授・松原 隆一郎氏

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