散歩道<2496>
夏に語る・教育や企業文化 強さ健在・世界に出て競争参加を(1) (1)〜(3)続く
教育や企業文化 強さ健在
日本との戦争が終わった時は15歳の高校生で、生まれ育った中西部のオハイオ州の小さな町に住んでいた。テレビが出回るちょっと前でニュースはラジオで聞いた。住民はみんな道路に出て「勝った」「勝った」と喜び合ったことを覚えている。町出身で戦死した兵士がいたし、町に暮らす我々も配給生活を強いられていたので、やっと終わったという感じが強かった。ただ、米国は強いし日本は小さいから、勝つことは当然だと思った。
日本との出会いは今からちょうど50年前。1958年にハーバードで社会学の博士号を取ったあと、指導教官の一人に勧められて日本の家族関係の研究のため妻と2年にわたって滞在したときだった。2年目には千葉県市川市に1軒家を借りて1年間、近くに住む6家族の生活を記録し続けた。子供をどうやって育てる課など、毎週、奥さんやご主人にインタビユーした。学術的な目的があっての訪問だったので、私と日本の出会いは、[恋愛ではなく、お見合いだった」とよく友人に説明した。
日本から戻ると、数年してハーバード大の教授になり、70年ハーバード代のはじめごろから、中国に加えて、日本も教えることになった。
日本に対する理解を深めるため、75年に再び1年間滞在し、今度は財界を研究した。最初の滞在から17年たっていたが、この間の日本の進歩には驚いた。あの速度で進歩を続けたら色々な面で米国を追い越し、米国人の意識の中で日本が再び「敵」になってしまうのではないかと心配した。それを防ぐためには、まず日本の優れた面を米国人に教えなければならないと考えたのが、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」*1を書くきっかけとなった。
'08.8.25.朝日新聞・米ハーバード大名誉教授・エズラ・ボーゲルさん
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