散歩道<2489>

                      夏に語る・人は違っているから分かり合える(2)            (1)〜(3)続く

 私は朝日を退社以来、戦争をなくすことに命をかけてきた。平和運動だ、抗議集会だと何千回もやったけど、一度も戦争をたくらむ勢力に有効な打撃を与えられなかった。軍需産業は成長しているんじゃないの。「戦争反対運動に参加した私は良心的だ」という自己満足運動だから。それでも意思表示をしないと権力は「民衆は反対していない」と勝手な判断をするからやめるわけには行かない。
 でもそれだけじゃダメだ。今は「戦争はいらぬ、やれぬ」の二つの平和運動でないとならない、と怒鳴り声を上げている。
 「いらぬ」というのは、資本主義を否定すること。戦争は国家対国家、デモクラシー対ファッシヨなどあったが、今、根底にあるのは、人工的に起こす消費。これだけなんだ。作って売ってもうける。そこにある欲望が、戦争に拍車をかけてきた。
 無限の発展はいらない。当たり前の平凡な、モノ・カネ主義でない、腹八分目で我慢する生き方が必要なんです。地球の環境を大事にするとか、スローペースの生き方とかですよ。
 そのことに一人一人が目覚め、生活の主人公になること。これが資本主義を否定する普通の人間主義の行き方。戦争のたくらみをやめさせるのはこれなんだ。金も要らない、命令も法律も何もいらないもの。
 そこで要になるのは、違うものを排撃するのをやめること。人間は「違っていても分かりあえる」のじゃなくて「違っているから分かり合える」の。夫婦も家族もそこからでなきゃいかんのよ。結婚すると「偕老洞穴」
(かいろうどうけつ)「一心同体」。違うって。同じゃないことを認め合うことで本当に愛し合い、認めることができるもの。

'08.8.22.ジャーナリストむの たけじさん


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