散歩道<2468>

                   美術展モディリアーニ展美術展は、この回で200回見たことになります

 2008年8月9日・国立国際美術館 今日は多くの観客だった、解説文を読んでいる人で観客の流れが止まりがちだ。入場するなり、彼独特の絵で、長い首、アーモンドの目の絵にあう。極端な肩、アーモンドの目、喜怒哀楽のない無表情な顔の絵が所狭しと並ぶ。次の部屋は無題スケッチブツク、屋根や柱や土台の部分をを支える彫刻・「カリアテッド*1」のと呼ばれる絵が並べられていた。次の部屋には人物像どれも印象に残る絵である。。
 彼は最初は彫刻と素描を志した。彫刻を作り続けようとしていたようだが、彫刻は体力が大変いる仕事である。また彫刻は、客足は中々つからず、元々体力がない彼は、体調不良を境に彫刻をやめ、絵画だけの世界に入る。そのように、彼に決意をさせたのは、彼を支え、絵を買ってくれたスポンサーや、画商の影響である。
(画家にはどうしてもスポンサーが必要なのである)。
 また、ピカソ、マチスの影響も受け、初め、前衛的な絵も積極的に描いていたが、絵が売れるまでにはいかなかったため、人物画を描くようになった。
 アメリカや、アフリカ人の彫刻、オセアニア民族の美術、カンボジアクメールの美術、あるいは、ル−ブ美術
*2、古代エトルリアや古代ギリシャ美術、インド美術にも関心を示した。古代エジプト彫刻の直線的で単純な形態、(描線を単純化、簡素化することにより美の理想に到達しようとした)プリムティブ美術の民族的な仮面や、トーテム像の影響を受ける。


 彼には広い交友関係(ピカソ、藤田嗣治やユトリロ等)があった。女性、演劇、酒、ドラッグはが欠かせないものであった、孤独で破滅型の典型的な芸術タイプ、また苦悶と憧憬の画家と評価され、悲惨と絶望にみちた生活の中にあっても、彼は人間への限りない愛情を失わず、つねに暖かい手をさしのべようとした」紹介されている。2008年8月15日

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備考:「カリアテッド」*1とは、古くはアクロポリスにあるエレクテイオンの有名な人柱像に見られるような、リンテル(まさぐ石)を支える女性像のことをいう。