散歩道<2463>

                           講演会・
くらしの伝統とまちづくり(2)         (1)〜(2)続く      自分流に纏めました。

 先生の講演は洛中・洛外屏風*1に描かれた建物から、京都庶民の生活を色々な角度から探る実に詳細な研究の報告であった。講演の内容を自分流に纏めた。屏風が描かれた、安土・桃山時代Aを中心に、それ以前@、それ以降Aと区別した。(それ以前の時代・平安・鎌倉・戦国@、安土・桃山時代A、それ以降の時代、江戸時代B、明治時代C、それ以降D)

4、この屏風が描かれる以前から京都は日本の最先端の町として育ってきた、中国(隋・唐)からは、五番の目で外国の様式の都市計画や文化を取り入れ、城壁や、二条城*3の下町の囲いに守られた町として、また開かれた商売の町や、農家として、いつも時代の日本の最先端を歩み続けた。
5、京都から首都が東京に移った後からも王朝文化、貴族文化、禅宗文化、そこに、京風をかさね合わせ、オーセンシティ
(真実性)の継承を基本と考えている。その地位を日本の、どこにも譲ることはなかった。
6、水の都
*2という捉え方もある、1位、大阪(八百八橋)、2位、京都だそうであるが、醸造、漬物、野菜、染物などから考えると、それはうなずける。
7、今、世界の都市も、グローバル化の影響を受けているが、様々な町つくりに挑戦しながら、景観、福祉、安心、安全、観光の中心であることを、共通の認識を皆が持つ、都市住民自らが、主体的、自立的に、生活環境の形成にかかわること、住民の視点から都市社会を形成したことである。
7、京都の町には、今も、オモテ、ウラ、路地といった空間が存在する、そこで京都のコミュニティが引き継がれていくのである。


'08.8.2.京都大学教授・高橋康夫氏

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