散歩道<246>
面白い話(22)・日本編・昔々の話(万歳三唱)
右、上は見つかった木簡の数々、ガラスの中は、陶器や銅銭、矢じりなど
かたえくぼ:この1年:始まったはずなのに・・・・・・・・景気浮揚 終わったはずなのに・・イラク戦争(三十郎)
以前勤務していた会社の新社屋の建替え工事中にたまたま、遺跡が見つかった。その下の層(1段目)から大阪城の冬の陣か、夏の陣の焼きただれた石垣や豊臣時代の備前焼大甕12個、キセル、分銅等、さらに下の層(2段目)から魚市場があったと思われる、木簡(脇坂安治(秀吉の賤ケ岳の戦いの一番槍の一人)、や,魚の名前・300枚)等多数見つかり、更に、その下(3段目)から鋳物工房の跡、唐鋤の鋳型や鋳型の鍋耳や、土器、などの遺物、皇朝12銭のうちの3番目に古い神功開宝も出土した。
その調査のため工事は1年間延長。その位置は日本書記*1「720年」に安曇寺(あずみてら)の存在していたと思われる記述があった。「それによると、白雉(はくち)4年(653年)孝徳天皇が病床にあった僧旻を安曇寺に見舞ったという記事である」。そのフロアは社員から名前を募集し「安曇(あずみ)ホール」と呼んでいた。
そのホールで講演会を実施し、1990年10月 。その進行係りをたまたま、私がやっていた。その席でこの話をした。会場の多くの先生はこの話に喜んでおられるように私には思えた。司会の先生は予想以上の多くの出席者に喜んでおられる様子で、又、この歴史的事実に氣をよくされたのであろう?。司会の先生は「先生の会(歯科医師会)」の名前と「私の会社」の名前を言われて、万歳、万歳、万歳、と三唱された。私もこの事に驚き、また、えらく感激したのを思い出す。
関連記事:散歩道<1432>*1日本書記
備考:この土地の後ろに、大阪・北浜の三越後に、日本で一番高いマンションが建ちます。2007年10月29日