散歩道<2459>
経済気象台(359)・平穏を装ったサミット
洞爺湖サミットは、大きな騒ぎも決定もなく平穏に終わった。外国人は会場をバブル*1と不良債権の象徴と知らず、豊かで平穏な日本の迎賓館は贅沢(ぜいたく)なものだと思っただろう。福田首相も満足そうだった。だが第3次石油危機初期のサミットとしては平穏すぎた。
「インフレが頭をもたげている。石油価格の上昇で経済政策は生きず舞っているので、我々は共通の戦略で合意した」。第2次石油危機初期、1979年の東京サミットはこう宣言し、石油輸入量抑制の目標を定め、日本は日量630万〜690万バレルに抑える約束をした。数値目標のない今回とは大違いだ。
ジスカールデスタン、シュミット、カーター、サッチャーらの時代は、集まったら決断をする気迫があった。大平首相が「大胆で具体的な政策で合意しなければ失敗と見なされた」と述べたように、日本は攻められ徹夜の作業で数字を詰めた。
今はもっとグロ−バル*2化が進み、地球温暖化危機の上に、石油危機、金融危機からインフレと不況がやってくる未曾有の複合危機だ。サミット直後にアメリカの金融破綻(はたん)がまた起こり、危機は深刻さを増した。サミットはつかのまの平穏を装っただけだ。
どの国でも人々は街頭に出て危機を叫んでいる。だが、日本では人々が集まり白煙があがっても、デモではなく携帯新製品のイベントとのんびりしたものだった。漁業の1日ストも、世界から見ればまだおとなしい。
日本ではブログと凶悪事件で個人的な不満が噴出するが、社会的に危機を叫ぶ姿が少ない。危機の中で平穏を装う日本。洞爺湖サミットはその日本の姿が正直に反映されたものではないか。
'08.7.23.朝日新聞
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