散歩道<2441>
私の視点・宗教者の役割(2) (1)〜(2)続く
違いを保ち、責任を共有
弱い立場の人々はしばしば極端な方法で抗議し、かえって解決を遅らせます。動植物は被害を訴えることはできません。宗教者には率先して悲惨な
現実を知ることを、政治経済の指導者にはたとえ自分に不都合でも現実を認めることを期待します。
札幌での宗教者会議では多くの提案がなされましたが、基本は「共有される安全保障」という考え方です。相互関係、相互依存で成り立つ世の中で、自分達だけが安全であればよいとする態度は、周囲に不安を与え、かえって全体の安全を危うくすることにつながります。
安全保障のなかでも地球環境と核兵器の問題は、子孫への責任という意味でも、国境を越えた共通の責任という意味でも、一人ひとりの宗教的態度と深くつながります。仏教の開祖・釈尊は「すべての人は暴力をおそれる、生命はすべての生き物にいとしい」(ダンマパダ130)という言葉を残しました。
仏教の立場からよのなかの悲惨な出来事を見ます時、多くの場合、人間のよくぼうと深い関係が感じられます。人間は欲望なしには生きられませんし、世の中の発展もありませんが、一部の人々が節度なく、欲望をひろげる時に対立が生じ、動植物を含む環境の汚染破壊が進みます。
人間は地球上の複雑な繋がりの一部分を担っているのです。
'08.7.22.朝日新聞・浄土真宗本願寺派門主・大谷光真氏
関連記事:散歩道<758>日中韓文化フォーラム、<776>新春対談・五木寛之氏・大谷光真氏(1)〜(4)、<819>宗教・宗派を超え学術交流、<1803>人を恨み、仕返しをしてはいけない(1)〜(3)