散歩道<243>

                      アレクサンドリア大王が残したもの(2)前から       中東・日本        (1)〜(3)続く
               
ギリシャから西・中央・アジアからインドから日本へ

 クシャン朝の都はアフガニスタンのカピシ(ベクラム)ローマ、インド、中国の3大勢力の中間で、西方のパルテリアと対立しながらシルクロードの中央部を支配し、東西交易の実権を握っていた。このベクラムからインドの象牙細工、ローマ字のガラス器、青銅製品、中国の漆器などが出土している。アフガニスタン、バーミヤン、新疆ウイグル自治区のクチャやトルハン、ホーラン、中国の敦煌、雲岡、龍門から日本の法隆寺の円柱(ギリシャ石柱のエンタシスの影響)薬師寺等でグレコ・ローマン美術の片鱗が見られる。
備考:(仏像はインドでは、ギリシャ時代には見られず、クッシャン朝時代にはじめて出現)

 
日本美術は仏教から大きな影響を受ける。その根源はガンダーラの仏教美術(ギリシャ式仏教)である。神々を擬人像でもって表現するギリシャ伝統にそって、釈迦牟尼の肖像を創造した。その他にもギリシャ神像をモデルに仏教の天部像など、守護神像を創造した。そのギリシャ尊像のいくつかは中央アジア、中国を経て東漸したが、その間大きな変貌をとげながら日本まで伝播した。ギリシャ神話では極楽往生=涅槃=到彼岸の観念の造形化とした。この様に、ガンダーラ経由でわが国に伝播したギリシャ神像は@ヘルメス神=メリクリウス神=毘沙門天(兜跋(とばつ)毘沙門天、多聞天)および大黒天,A北風のボレアス神=風神、Bヘラクレス神=執金剛神(しゅこんごうしん)Cテユケ女神=詞梨帝母(かりていも)=鬼子母神、である。又、東洋の太陽神はギリシャのヘリオス神に起源する

備考3アレキサンドロス大王と東西交流展長澤和俊様の本及び現地ガイドの説明を参考。
備考4、この展示会場は安藤忠雄様が建造された素敵な美術館であります。

歴史的にも、日本は多くの世界の国の影響を受け、仏像などの遺跡が、良く保存されていることは大変嬉しいことだと思います。