散歩道<2350>

                    講演会・小説を通してみたグローバル時代の在日コリアン

 テーマの問題もあるが全体に重い感じがする講演会であった。聴衆者は、高齢者、外国人、若者等である、戦前から戦後にかけて在日一世の人は精神的な苦悩を背負って生活されていたようである。現在は、日本にこれらの人から3〜4世代目になる、一般社会の対応も当時とは比べ物にならないぐらい自由だと思う。日本は現代でも移民の数は大変少ない。同じような感情を移民として渡られた国で、感じ、生きられた日本人も多かったのではと思う、グローバル時代のこれからも同じような問題で苦労される人は多くあると予想されると話された
 当時の日本社会で、自分の誕生を隠して生きることは実につらかったのだと思う。入学、就職、結婚等いろいろな問題を、被害者意識を強くもって生きてこられたことなどが問題なのだと思った。
 演者はこれらの問題を、日本の小説の中に見つけ出され、社会の中で差別を意識して生きる主人公として書かれているもの、身障者に自分の立場に置き換えて物語が展開しているもの、お笑いの中でくよくよする自分を笑い飛ばしているもの、現在起こっている問題の小説化など、何か、不安を抱きながら生きてこられたことが、共通しているに思える。家庭的には、お父さんは荒っぽく書かれ、家は心安らかな気持ちを抱く場所としては書かれていないようだ。(今回、取り上げられている本は、立原正秋の「残り雪」、金鶴頴泳の「凍える口」、元秀一「猪飼の物語」、柳美里*1の「家族シネマ」である)。
 フロアから、特別な在日コリアだからとの描写はそこには読み取れない。又、日本と韓国の結合(融合)というとらえ方で書くのも、今の時代にはいい
(自然だ)という指摘もあった。小説の作家は、あやふやな描写な面があるといった指摘もあった。又、小説の中、著者が、何か恋人(男・女)の関係も、意識過剰に書かれているように思える。

'08.5.14.釜山外国語大学校・教授・金 貞恵さん

備考:散歩道<177>柳美里*1文学は一匹の迷える子羊を救うためにある