散歩道<2344>
グローバル化の正体(2)・@民主主義・国民国家の枠組みに限界 (1)〜(3)続く
○○日常で違い体験
・・・・・しかし、そんな人たちの声をどうやったら別の国の政策決定に取り込めるのでしょうか
「従来の民主主義は国民国家というワクの中で成り立ってきた。その決定の影響が及ぶのも国民だけというモデルだ。だがそれは相互依存状態にある今の世界に合わない。民主主義を国という枠を超えたコスモポリタンなレベルで考えなければならない」
・・・・ただ民主主義は多数決が基本。何かを決めたときに負けた少数派の人たちが「同じ仲間同士で決めたのだから仕方がない」と結果を受け入れることができなければなりません。それには国民という帰属意識の共有が不可欠では?
「それは国民国家的思考の公理みたいなものだ。しかし、これは現実に合わなくなってきている。たとえばドイツのシュッツルガルトでは住民の40%は外国生まれ。4組に1組は国際結婚。子供の3人に1人はそういう家庭で育っている。こういう子供の割合はどんどん増えているが、彼らは日常で様々な違った文化を体験し、いわば異なった国をまたにかけて暮らしている。アイデンティティーも複数。彼らが一つの国だけに忠誠心を示すとは考えられない」
「同様な傾向はどの国でも見られる。単に国際結婚とか隣に外国人が住んでいるかどうかだけでなく、インターネットなどの普及によっても広がっている」
・・・・国境を超える共同体の欧州連合(EU)はグローバル化時代の民主主義のモデルの一つになりうるでしょうか。
「そう思う。ただEUを大きな国家とみるのは誤りだ。大きな国家ができて加盟国が消滅するという考えは各国市民に不安を与える。各国の意思も尊重されなければならない」
・・・・しかし加盟国の合意形成にこだわると、物事を決めるのが難しい。
「それには直接民主主義のEUレベルでの活用がもとめられる。各国の指導層は自国内の権力を増大させるためにEUでは守りに入る傾向が強い。政府同士の多数決で否決されても一般市民の多数決で通ったことは受け入れなければ」
'08.4.28..朝日新聞・社会学者・ウルリッヒ・ベックさん
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