散歩道<2328>
グローバル化の正体(1)・@文化 モデルなき時代波つかめ (1)〜(3)続く
ヒト、モノ、カネ、そして情報の地球的規模の広がりにとどまらず、国家や政治、文化、思想まで変容させつつあるグロバリズム。しかし、その姿はとらえにくい。グローバル化とは一体に何か。シリーズで考える。 しばらくこのグローバル化のテーマを続けます!
○ ○・・・「文化」という領域で今、何が起きているのでしょう。米国の文化が世界の多様な文化をのみ込もううとしているのでしょうか?「そう単純ではない。確かに、20世紀後半は米国の時代だった。文化の面でも、米国が強力な発信源になってハリウッドや映画やジーンズ、マクロナルドなどに代表される大衆文化が急速に広がった。「文化のファーストフード化」とも呼べる現象で、画一化、均質化が進むかに見えた。だが、前世紀末から21世紀に入ると、店構えは同じでも、牛肉を使わないインドのマックや豚肉を避けたイスラム圏のマックなど、ローカル化もしている。日本からはマンガやアニメだけでなくスシバーが世界に進出したり、又韓流ドラマに人気が出たり。文化の発信源も拡散している」
・・・・しかし、グローバル化は相変わらず米国化と重なり合うのでは?「実際、米国に対して一部に『文化帝国主義』との指弾もある。反グローバル化運動も、そこに根がつながっている。だが、米国の文化的魅力が高いのは事実。ファーストフードもハリウッドも、魅力がなければ見向きもされないだろう。米国の大学は世界一のレベルだから世界中から優秀な才能を引き付ける。情報通信機器の飛躍的な進歩、技術開発も米国から始まった。だが大衆文化と同様に、それは使い勝手がいいのが特徴で、機器の製造などは米国以外の国でもすぐに作れるようになった。ソフト開発も、いつの間にかインドや中国の技術者なしでは成り立たない状態になった。それが実はグローバル化の性格でもある。
'08.3.10.朝日新聞文化人類学者、文化庁長官・青木 保さん
関連記事:散歩道<747>三者三論「東南アジア共同体」可能か(2)