散歩道<2305> ( 1019b)
講演会・渋沢栄一と張謇(ちょうけん) 日・中・近代企業家の比較(2) (1)〜(2)続く 自分なりに纏めた。
3、渋沢栄一は 500会社を作った。株式会社制度、株式会社を設立、近代工業化に努力する。国立銀行、日銀、中央銀行、日本に多くの(数のつく)銀行等を作った。株式会社が定着したのは、当時(たんす預金が中心、融通するということに対して国民が認める気風があった)。有限責任、権利、道徳を人々が尊重する・メンタリテイーが日本には諸外国と比べて早急に出来上がっていった。事業を組織でやるいわゆる、アメリカの開かれた精神が定着したことが大きい。
明治政府は日本に農民の身分制度を取り払った。渋沢栄一は、文語、ソロバン*2説、道徳、仁義を重んじた。企業家にはタイプがある、国のために(庶民は)何が出来るか、官と民の間に日本の財界の姿を求めた。
猪木氏からの余談の話:渋沢栄一の生誕100年記念に幸田露伴(1867-1947)に執筆を依頼したそうだが、露伴は乗り気ではなかった、そこで、徳富蘇峰(1863-1957)に仲介の労を願って、講演だけをすることで落ち着いたが、露伴はその席で、渋沢栄一氏は辞職してからは、大蔵省辞める前程の力は発揮していないではないかといったものだから、、講演を依頼した人たちは大変憤慨したそうです。
又、 福沢諭吉(1834-1901)はあまり、渋沢栄一にいい感じをもっていなかったようである、その原因はまず、儒教が好きでなかったこと、そこで発言していることがある、理論が高すぎても駄目である。戦いの勝負は将帥でも、武器でもない、ただ人民一般の気力によって決る。すなわち、生産部門に係る社員で決るのだといわれたそうである。
渋沢栄一氏の主な功績:*1東京慈恵会、日本赤十字社、東京商法講習所(現・一橋大学)設立等、2011年3月9日
'08.4.23.中国社会学院世界経済政治研究所教授・周見(しょうけん)氏、コメンテーター国際日本文化研究センター所長・猪木武徳氏
関連記事:散歩道<1432>渋沢栄一・*2右手に算盤、左手に論語、<65>*1.慈恵会医科大学創設者・高木兼寛の話・吉村昭著・”白い航跡”
![]()