散歩道<2296>

                               夕陽妄語(2)・漢字文化讃               (1)〜(3)続く

 現在活(い)きている日本語の語彙(ごい)の大きな部分は元中国産であるが、古代日本がそれを採りいれてから長い年月が経(た)った。それらの言葉は十分に「日本化」(発音、抑揚、意味、文法上の機能など)されていて、日常生活にその言葉が使用されるたびに外来語としての起源を意識する人は、おそらく極めて少ない。
 日本語と同じ文字に出会う日本の読者は、その単語をそのまま日本語として読むだろう
(音声、語順、追加を必要とする助辞など)。その意味で漢字の読み下しは、翻訳であると同時に翻訳でない。独特の翻訳事業であって、外国の書き言葉をそのまま読めるかのように扱う至便の工夫である。かくして漢字表記は、日本語で千年以上、朝鮮半島でそれより長く、中国ではさらに長く続いて今日に到る。もし東北アジアの平和と繁栄を三国の統一へ向かう信頼関係の発展に求めるとすれば、そのための具体的な計画の一つとして、情報の流通の円滑化が考えられる。かっての筆談文化の活性化には、未来にとっての大きな役割りがあるかもしれない。
 言語は情報交換の手段であるばかりでなく、また自己表現の手段でもある。たとえば情報の伝達手段として簡体字統一の技術的議論が行われるようになれば、・・・・それ自身多くの困難を越えなければならない・・・・同時に伝達すべき情報の内容についても各種の議論が改めて起こるにちいない。東北アジアはその外部の世界に向かって何を発信すべきか。儒学の再評価が議論されたことがある。視点は主として労働倫理に対し儒学的枠組みが取りえる態度であった。その視点を拡大すれば、大戦後日本、次いで韓国、さらに中国の工業的発展を支えたのは、どういう価値体系であったか(あるか)ということになるだろう。

'08.3.22.朝日新聞・評論家・加藤周一氏


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