散歩道<2295>
夕陽妄語(1)・漢字文化讃 (1)〜(3)続く
大戦後半世紀以上の間に、東北アジアの日中韓三国は、それぞれ経済的発展に成功し、相互に政治的な信頼関係を築くことに失敗した。日本国は今からでもドイツのいわゆる「過去の克服」に倣うべきだろう。しかしそれはむずかしい。又たとえ外交政策上の大転換を行い得たとしても、長期的に見れば文化的交流の持続が必要だろう。
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私が夢見る文化的交流の要点は三つある。第一は古典中国語の書き言葉による筆談の発展。徳川時代に「朝鮮使節」との公式または半公式会談に大いに役立った。言語は世界中のどこでも話されている国際語と一国の地域内でのみ通用する地域語とに二分されるのではない。
たとえばスペイン語と日本語は境界の明らかな特定の地域内でのみ話されるという意味で双方とも地域語だが、スペイン語の場合には問題の地域が広大で大小多数の独立国も含む。その限りでは、国際語の性質を具(そな)える。古典中国語による筆談が可能であった時代には、その言語を一種の国際語とみなすこと、すなわち朝鮮半島からベトナムに到る東アジアの広大な地域で、多国間の情報交換に便利な道具であった。その利点は大きい。一度獲得した道具は放棄すべきではない。しかし言語の国際性については、いくらか書いたことがあるので、今は立ち入らない。
第二の難題は、中国語の日本語への影響の詳細である。広い領域で多くの問題があるが、私が強く意識してきたのは、中国の詩文が和風に読み下してもその魅力を失わないのはなぜか、ということである。
いや、そうでなくて、確かに、大いに、魅力は失われるのであろうが、・・・・・それでも残るところがあるのは、なぜかということである。読み下しの詩文は、勿論翻訳である。しかし外国語の詩から日本語への訳が私を動かすことは稀(まれ)である」「美しいものは永遠の喜びである」と聞けば、「ああ、そうですか」という感じだ。
'08.3.22.朝日新聞・評論家・加藤周一氏
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備考:関連記事<140>1〜3、昔の宗教と絵画、 <141>美術・絵画
備考:'08.12.5.加藤周一さんが逝去された。加藤さんに関する記事については、戦後日本を代表する知識人で、和漢洋にまたがる幅広く深い教養を元に、政治や社会、文化を縦横に論じた評論家として紹介されていた。'92年にオープンした戦争の記録や平和運動の史料を展開する博物館「立命舘大学国際平和ミュージアム」の初代館長に就任されたともいわれる。ご冥福を祈ります。
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