散歩道<2269>
 
                    講演会・北極から日本へ・・・スエーデンのベガ探検隊の明治日本への訪問

 1879年(明治12年)スエーデンの国旗を掲げた蒸気船が日本に到着した。当時は英国、ロシア、アメリカが海上を支配しており、別の航路を探していたようだ。隊長は鉱山学者・探検家ノルデンショールドである。30人の北極探検隊は、北東航路を通って途中、9月近く氷と戦ったり、難航海の後、日本についたのである。ノルデンショールドは写真家でもあったので、そこで見た日本の当時の様子を写真に、船、自然の景色、当時の女性、人力車、籠、植物など数多く撮影している。当時日本から持ち帰ったものには、鎧、かぶと、襖、障子、陶磁器、掛軸や火鉢、ローソク等や、また1000冊近い書物である、配布された史料に発表されているのは(歴史、仏教、教育、神道、風習、演劇、法律、政治学、詩歌、礼儀、紋章学、戦術、将棋、貨幣学、辞書、地理学、自然学、医学、算数、天文学、手細工、農業、生け花、書誌、等)。また当時の日本国内を旅したらしい(横浜、東京、鎌倉、中仙道、高崎、草津、浅間山、碓氷峠、神戸、京都、琵琶湖、長崎等)。どの地域でも好意的であったそうで、特に、京都、神戸、長崎では知事からの歓待を受けたようだ。(それは明治政府が、西洋列強との不平等条約から何としても抜け出すためには、西欧諸国と仲良くやる必要があったからのようだ)。彼の一行が本国へ帰った時は(港には、何万人の人が出迎え)大した歓迎風景であったそうで、その様子は世界10ヶ国語で報道されたそうです。

'08.3.18.ストイックホルム大学日本学部主任教授・グニラ・リンドバーブ=ワダ氏

備考:NHKの解説者によれば、地球温暖化により北極圏の氷河は600万平方`40%消えているらしい。2つの航路《北西航路と北東航路》の内、北西航路はこのまま進めば、今後自由に通れるようになる可能性もあると説明されていた。2008年3月21日