散歩道<2264>
面白い話(182)・源氏名・一蓮托生
かたえくぼ:人事難航:「総裁短観」は不能です・・・・・・・・・・・・・日銀(古典範)
中身はともかく、あやかり族の知恵「源氏名」(げんじな)
公家文化華やかなりしころ、宮廷や貴族の女性は、教養豊かな才媛ぞろいで、彼女たちの一連の作品が、史上まれに見る女流文学時代を築いたことは周知の事実。中でも、「源氏物語」(げんじものがたり)に繰り広げられる絢爛(けんらん)たる愛の世界は、後世にさまざまな遺産を遺した。たとえば、のちの宮中女性たちは、それぞれ「源氏物語」五十四帖にちなんだ「源氏名」 を称号としてつけ、その名にあやかろうとした。現代のバーやクラブでも、「桐壺(きりつぼ)さん」や「浮舟(うきふね)さん」がそばにはべれば、世の鼻下長族は、さしずめ光源氏(ひかるげんじ)の気分が味わえようというもの。ただし、その名に、かっての宮中女性ほどの美貌と知性がともなうかどうかは、保証の限りではない。樋口清之さん
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備考:今年は紫式部が源氏物語を書いて1000年になります。
行く先は、地獄か極楽か「一蓮托生」(いちれんたくしょう)
大正時代、平民宰相と言われた原敬(はらたかし)内閣の文部大臣が失言し、その進退を問われたことがある。そのとき、原敬すこしも騒がず「なあに、一蓮托生だ」と言い放ち、急場をしのいだという。以来この「一蓮托生」巷間ですっかり有名なったが、もともとはご存じのように仏教からきた言葉だ。死後、ともに極楽往生して、同一の蓮華(仏界の象徴)に身を託すという考え方を表したものだが、今日では、極楽どころか死なばもろとも地獄まで落ちようといった意味合いが強いようだ。もっとも、地獄にも、青蓮華、紅蓮華など、蓮華はあるが、こちらは体を切り裂かれた状態の形容だというから、どこまでいっしょに行けるかわからない。樋口清之さん