散歩道 <223>

            
世相・コーヒーの話・歴史(2)  1、「オスマントルコの女性たち展」 2、インテリ用、 3、コーヒー・ショップ、            (1)〜(2)続く

1、「オスマントルコの女性たち展」を見た、そこにコーヒーの記事があった。コーヒーがオスマントルコに入ったのは1519年のことだそうです。コーヒーは実はトルコからヨーロッパに広まったものである。コーヒーを飲む場所はモスクの近くにあり、人が多くたむろする環境の中では、政治的な動きなどが起こりやすかった。色々な事柄が民衆によってその場所で話合われることもあり、時の政府は人がそこで集まりコーヒーを飲むことも禁じた歴史がある。一方、女性たちの世界ではコーヒーは邸宅で、客人をセレモニーでもてなすメインとなる飲み物だった。客人は女主人からサロンに招かれ、コーヒーをすすめられ、そこで若い娘がコーヒーを沸かし女性がご馳走する、コーヒー・セレモニーが女性たちの仕事であった。それに使う食器や道具はその家の裕福度や、社会的ステイタスを表すものであった。コーヒーカップ受けやコヒー・ポット、火鉢には宮廷や大きな邸宅では金銅製のもの、一般市民のあいだでは銀、真鍮、銅製のものが使われた。その為の陶磁器などがすごく盛んになったようだ。
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2、(一方戦後の日本では)戦中派にはコーヒは一般家庭のものでなく喫茶店用であり、インテリ用であった、地方から出てきて高校・高専生はまず喫茶店へ行くことを覚える、そこで議論し、本を読んだり、レコードを聞いたりして初めてカレッジ・ライフというものをしみじみ味わう。(私が切り抜いていた誰かの文書です)
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3、1960年代にコーヒー・ショップ、コーヒー店、喫茶店、コーヒー屋、カフェ、として舟橋聖一、曽野綾子様、コーヒー・スタンドとして有馬頼義様の本に多くのお話が出てくる様になった。私に関しては昭和25年(1950年)デミタスのコーヒーを大阪で飲んだのが最初です。本当においしいものだという都会をそこに感じたのを覚えています。
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