散歩道<2198>

                   川端康成・東山魁夷美術展見ての感想、とそこで考えたこと(1)                  (1)〜(3)続く   

 芸術は人の魂のそこにしみて東山の芸術は長く生きる。二人の間の手紙の数々の文章(前出はその一文である)に多くの観客が実に旨く、綺麗な字だと関心を示していた。お互いの信頼と尊敬と知性が感じられ、手紙から温かみのようなものを感じた。娘さんの外遊、結婚、文化勲章受賞、ノーベル賞受賞等そのたびにお互いに手紙がやり取りされている。又出品されている絵に感想なども書かれている。

 川端さんの家にはいつも東山さんの絵が飾ってあったらしく、東山の絵には変化と大胆で細心な工夫がその背景にあり、同じものはない、だから何時見てもそこに引かれる、あきることがないと評価されている。又奥さんや娘さんと東山さんの美術展に何度も出席されていたようだ。

 京都の姿、とはにとどめん、山の見えない京都は京都でない、京都の景観が無くなることを心配されている様子が手紙から感じられる。(今この様子を描き留めなくてはこの景色は無くなってしまうと、東山さんに今の京都の自然を描くよう随分催促されていた様子が伺える。)

 東山さんが描かれた絵は自然の今を姿の、その瞬間を捉えた差込む光、湖面に反射する光りと影、ガスがかかったり、消えようとしている山、緑一面の樹木、木の間にまさに沈もうとしている月、水蒸気に反射して耀く太陽、北山杉、一面の霞、樹木を覆ってしまう雪景色、満開に咲いた桜、緑の使われ方が実に素晴らしく生き生きしている大自然と、画面一杯にそれを表現されている、その勢いがどっしりと感じられる。又、湖面に映る緑の山と走る白い馬は幻想の世界を思わせる。
(これらの絵は京北四季の本にある)       

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備考:美術展には先生に引率された約50人の低学年の高校生が、常設展の見学に来ていた