散歩道<2195>
                       
                       ボランティア・受け入れ側のことも考えよう(3)           (1)〜(3)続く 

 奉仕が受け入れ先の奉仕によって成り立つ面があることも忘れていないだろうか。このままでは、老人福祉施設で暮らす人が「調子は良くないけど、高校生が来たから出てあげないと」というような感じになってしまう。教育改革国民会議で奉仕の義務化を打ち出してから6年もたつのに、受け入れ先との土壌つくりは十分ではないように感じる。来年度からは都立高校で「奉仕体験活動」が必須科目として導入されるが、試金石となるこの試みも同様だ。現場の教師は次々に降りかかる教育課題に対応するよう求められ、多忙をきわめている。保護者のニーズは、奉仕よりも受験対策にある。こうした中で奉仕活動が展開されるためには、学校に行政的な支援が必要だと思うが、それも欠いたままだ。社会に役立つ活動を教育に取り入れるのは、やり方次第では効果があるのに、ただ義務づけるだけの安易な奉仕が広がると、逆に実現が難しくなってしまうのではないか。無償でもなく、見返りを求めるでもなく、お互いがプラスになる関係を築かなければ長続きしないはずだ。「無償の奉仕」は、滅私奉公的な発想につながる懸念もある。サービスランニングのような方法で時間をかけてじっくり醸成した方が、問題も少なく、より効果的だ。

’06.12.1.朝日新聞・創価大助教授・宮崎 猛氏

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