散歩道<2175>

                                時の肖像・キュービズム100年(2)           (1)〜(4)続く
                             時の古層」に宿る原初の美

 ○ ○ 縦横2b以上もある大きな画布に、5人の裸婦が描かれた。正面を向いた顔に横から見た形の鼻がついたり、顔がこちら向きなのに体は反対向きに見えたりもする。別の方向から見えるものが同じ平面に置かれている。顔も仮面のように不気味だ。伝統的な手法からはかけ離れた絵画表現だった。セザンヌの絵や古代イベリア彫刻、アフリカの黒人彫刻などに触発されて、ピカソは未踏の地に入ったという。この絵を見た人たちの多くは驚き、嫌悪した。ピカソが狂ったとのうわさも流れたという。絵は巻かれ人目に触れなくなる。20世紀美術の革命的な作品として公の場に揚げられるまでには、長い年月を要した。

○ ○ ピカソは後に、作家でフランスの文化相も務めたアンドレ・マルローに、黒人彫刻の仮面の展示を見た日のことを述べて居る。「『アビニヨンの娘たち』は、あの日心に浮かんだのに違いがないが、形のせいなんかじゃ全然ない」「私は正面から見た顔に横向きの鼻を描いた・・しかし、正面からの仮面に横向きの鼻がついている奴なんて、ただの1点でも見たことがあるのかい?」。仮面の持つ呪術的な強さに突き動かされながらも、造形はあくまでピカソ流だったということか。彼はマルローに、古代の彫像への愛着についても語った。新しい表現の模索に、古(いにしえ)のものが霊感を与えることは、他の芸術家でも見られる。

参考図書:ペンローズ・「ピカソ」、ワルノー「洗濯船」、マルロー「黒耀石の頭」、「イサム・ノグチエッセーと会話」、アシュトン「イサム・ノグチ」

'07.10.22.朝日新聞・論説顧問・高橋 郁男氏


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