散歩道<2134>

                        世相(47)言葉・人生五十年

信長当時は三十年以下
 人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢まぼろしの如くなり 一度生を受け 滅せぬ者のあるべきか 
「敦盛」の舞を終えるや、信長は叫んだ。「螺
(ほら)ふけ。具足(ぐそく)よこせ」永禄三年(1560)五月十九日の空は、しらみかけていた。敗色濃い中、清洲(きよす)城を出陣した信長は、二千人に足りぬ小勢で、一挙に、今川義元の本陣、桶狭間(おけはざま)をめざした。逆落しの急襲、雨中の混戦。義元は討ちとられる。以後、織田信長は天下制圧への街道をひた走る。この戦勝から二十二年後の天正十年(1582)、本能寺の変で野望達成を目前に、信長は死ぬ。皮肉にも、信長四十九歳であった。しかし、当時では「人生五十年」という言葉に、願望に近い意味もあったのかもしれない。なぜなら、信長のころの平均寿命は、三十年にも満たなかったろうといわれるからだ。病気、天災、栄養不足、そういったものにほとんど無防備だった時代には、運の良いものだけが長生きした。平均寿命は、信長以後もあまり変わらない。明治維新の前ごろでも、三十歳をわずか超える程度だったと推定される。それが明治に入ってから、少しずつ伸び始める。それでも、第二次大戦前は、男四十六.九歳、女四十九.六歳。「人生五十年にはならなかった。ことわざ医学事典

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備考:'07年の平均寿命は男・77.71歳、女・84.62歳です。