散歩道<2128>
文章・敵性国家の音楽禁止('43年、昭和18年)・NHK連続テレビ”都の風”('43〜'45、昭和18〜20年)
1、「星は陸軍の象徴である」●敵性国家の音楽禁止・1943(昭和18年)1月
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、という誠に日本人的なことわざがある。それを地でいったのが、太平洋戦争下の日本人であった。とにかく米英に関係あるものは全部”敵視”したのである。1943(昭和18)年1月13日の、内務省・情報局の通達はすさまじいの一語につきる。すなわち・・・・。米英そのほか敵性国家に関係ある楽曲1000曲をえらびこの演奏、紹介、レコード販売のすべてを禁止する。ショパンの曲は?彼はポーランド人で、いまそんな国はない。ドビッシーはフランスの作曲家、いまフランスはドイツに降参しているからOK.。などとアホーな議論がなされたあとの1000曲であった、という。ジャズやブルースは、もちろんもってのほか。ついでに歌謡曲「煌く(きらめく)星座」(男純情の愛の星の色・・・・)もクレームがついた。「星は陸軍の象徴である。その星を軽々しく歌うことはまかりならん」おかげで日本の音楽は、軍国歌謡ばかりに・・・・・。半藤一利氏
関連記事:散歩道<454>-56、半藤様・改名させられた日本人、<638>半藤一利様の文章21世紀の伝言から〜<642>、
2、NHK・BS・朝の連続テレビ”都の風”
朝のBS.NHK連続テレビ”都の風”を見て、昭和18〜20年(当時4〜6歳で記憶が殆ど明確でない)終戦までの配給統制やヤミ米の買出し、出世する人への千人針や婦人会による消化訓練、空襲警報など、20年のB29来襲警報と同時に、町内の6年生の学級委員長先頭に1年生から順番に小学校から自宅に帰宅命令、防空壕への避難など時代がよくわかる。又、敗戦で迎えた昭和20〜24年の日本国内での大きな価値観の変更や、物資不足、社会の混乱、(進駐軍が初めて私の町にも来た、その時の様子を思い出した散歩道<89>B29来襲,<90>戦時中の婦人会の消化訓練・進駐軍)、一旦中止になっていた京都祇園祭りの復興にかける住民のたくましい努力(実に大変なことであったはずである)がよくわかって嬉しかった。
散歩道<2068>にもう一つの”都の風”の記事があります。参考に!
関連記事:散歩道<89>B29来襲,<90>戦時中の婦人会の消化訓練・進駐軍、<174>ハレーの場、
備考:散歩道<2068>備考2、のように進駐軍に子供はすぐなれました。