散歩道<2108>

                         絵画・特別展・屏風・BIOMBO(ビヨンボ)
                             
日本の美

 '07.12.15.今日はBIOMBO/屏風展を見る、平安、鎌倉時代に、華やかな屏風が中国から朝鮮を経て日本、また朝鮮から日本に入ってきたといわれる。その後日本でもつくられるようになったのである。描かれた絵も中国的なものから日本の自然や、四季の景色(日月山水図屏風)や花、小鳥などの動物(花鳥図屏風)が描かれるようになる、数々の合戦ものや、宗教的なもの、織田信長や、豊臣秀吉が好んで作らせたといわれる洛中洛外図(人の描写が2700人といわれる)や、大阪城の屏風などは色鮮やかで、華やかに人の描写も詳細に描かれている、又出産の場では白絵屏風なども興味を引く。その後、室町、安土桃山時代に南蛮貿易を通してオランダから日本に初めて降りた外国人のその姿の違いに驚き、興味を示し異人の衣服や船、アラブの馬を描いたものや、それに乗って合戦している合戦屏風まである。
 また信長がオランダとの交易の見返りに作らせ、オランダに送られ、
今回は初めての日本への里帰りとして展示がされている。その中には、一つの屏風が3ヵ国にばらばらに保管されており今回初めて一つの元に収まって展示されたものもある。また豊臣秀吉によって作られた(聚楽第図屏風)(祇園祭礼図屏風)、徳川家康や徳川家により絵師に作らせた数多くの屏風もある。これらの多くの作品が外国の美術館や日本国内の美術館や寺、また個人に大切に保管されている事は大変ありがたいことである。日本全国に数多くの屏風が金箔や色彩の変色している様子で、ずっと昔から存在していた事が分る。
 今回展示されているものの中に、日本の天皇が変わったときなどには韓国から朝鮮通信使を通じて、日本に屏風が贈られてきた。皇室を飾るにふさわしい華やかな屏風も多く作られた。貴族や武士の子女が結婚する時には、調度品とともに輿入れに持たせられた、その絵は源氏物語などで歴史的な教養が要求されたものがあるようだ。


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備考:室町時代から朝鮮通信使は日本に来ていた。銅を日本へ、木綿を朝鮮に送っていた。1590年朝鮮通信使来る。
備考:織田信長は上杉謙信に洛中洛外図を、贈っている、又豊臣秀吉も毛利輝元に贈ったのも屏風である。