散歩道<2025>

                         夕陽妄語(5)・「個性」ということ                (1)〜(5)続く         

 徳川時代の伝統的な画家と明治以降の油絵の画家たちとの関係は深い。前者がなかったら、後者の絵はなかったろう。20世紀の前半にはパリへ、後半にはニューヨークへ、重い自国の伝統を背負って、日本の画家たちは「留学」した。出かけた先の市場で画家として成功して住みついたのは、藤田嗣治と国吉康雄の二人である。
 豊かな江戸時代が、近代100年を生み、独創性や個性に乏しい100年が藤田と国吉を生んだ。次の100年は10人の藤田と10人の国吉を生むかもしれない。そうして日本国の芸術は栄えるだろう。
 しかし、油絵はなくなるのかも知れない。その代わりに何が生み出されるのか。私には分らない。もはや個人の独立はなくなり、個性は消えてゆくのかもしれない。つまり一つの文明が失われようとしているのかも知れない。すべての文明は、今やどういう文明にも寿命があるということを知っている、とフランスの詩人は第一次世界大戦の後で言った。第二次世界大戦の後では、沈黙。もし誰かが第三次大戦の後まで生き延びたら、必ずや同じことを呟
(つぶやく)くだろう


'07.9.25.朝日新聞・評論家・加藤周一氏