散歩道<2024>
夕陽妄語(4)・「個性」ということ (1)〜(5)続く
果たしてそうだろうか。私自身はすでに何度も直感的根拠から日本の集団主義を論じたが、今はその点にいての断定的な答えを保留する。しかし確かに日本は付和雷同性の強い社会の一つであるだろう。それにもかかわらず、もちろん例外はどこの原則にもあるが、殊に日本社会では目立つといえるかもしれない。
肖像画または彫刻の表情の迫真性において、日本での作例はバン・エイクからレンブラントに至る西ヨーロッパの作品に、量質共にはるかに及ばぬだろう。しかし、13世紀前半、禅の影響が強まると共に、頂相の制作が盛んになった。例えばダルマの鋭い眼の表現は、彫刻にあっても、絵画にあっても、迫力はすさまじいものである(雪舟「慧可断碑図(えかだんぴず)」。またいわゆる似絵の画家たちは、顔面の微妙な表情・・・・したがってモデルの個性の表現などを工夫していた(藤原豪信「花園天皇像」14世紀)。
18世紀以来一流の画家たちの西洋画の絵画的リアリズムに対する関心は次第に高まった。京都の円山応挙、江戸の司馬江漢、平賀源内、渡辺崋山や幕末の浮世絵画家たちは、いずれも西洋画の技法を取り入れようと努力していた。
もちろん彼らも例外であったということはできるだろう。しかし単なる例外ではなく、それぞれのやり方で時代を先取りした実に強力な例外であった。彼らは単に好奇心を刺激されたのではなく、異国趣味に見せられたのでもなく、司馬江漢が明確に言い切ったように、現実を写すのに卓越した西洋の技法の意味を理解していたのである。
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