散歩道<2021>

                         夕陽妄語(1)・「個性」ということ                (1)〜(5)続く         

 東京芸術大学は、100年以上にわたって油絵を学ぶ学生の卒業制作に自画像を課していた。その数およそ4800枚に及ぶという。大学は原則としてその全てを保蔵し、今年の夏に、近年のものまで含め、その収集を公開した。その機会に私は芸術家の「個性」ということを考えた。
 私が見たのは、複製の作品を含めて極めて少数に過ぎない。その限りでの印象は、第一、日本の若い画家たちの技術的水準が高かったということである。しかし、第二、それぞれの画家の「個性」が際立つものは、甚だ少ないということである。なぜそうなったのか。

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 歴史的に見れば、日本には肖像画の長い伝統がなかった。その理由は、西洋と同じような意味での人間中心主義が日本の伝統的世界観(神道・仏教的)の特徴ではなかったからであろう。経済が中世的条件から解放されて文化が世俗化すると同時に、オランダでは(17世紀)日常的環境としての風景、市民の面相、画家自身の姿が、神々や神話や貴族たちに代わって絵画の主要な題材となった。

'07.9.25.朝日新聞・評論家・加藤周一氏
 

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