散歩道<2022>
夕陽妄語(2)・「個性」ということ (1)〜(5)続く
それとは違って、大阪商人が武家支配層に代わって経済生活を支配するようになった時、琳派の画家たちの眼は、大商人の肖像ではなく、紅梅白梅や流水やかきつばたへ向かったのである。日本の肖像画の大筋は、主として西洋画の影響の下に18世紀からはじまる他はなかった。
技術的にはバン・エイク兄弟が15世紀イタリアで発明された油絵の具を改良し、そのための技法を洗練して、モデルの顔面の細かい表情を描いたらしい。その後に続いたのがホルバイン父子、デューラ、レンブラントである。肖像画と共に、自画像の黄金時代が来た。
自画像の「自」は自分、自分自身、自我などの「自」であり、その自我が画家や近代日本の小説家の場合には、同じ一つの文の中で、しばしば二役を演じていた。第一、自画像に描かれた自分。それは、ほんとうの自分ではない。本当の自分は、自分が描かれたように描かれる(したがつてそうみられる)ことを望んだ人物である。と思うや否やそう思っている人物ではなく、そう思っていると思っている人物である。このような過程は無限に繰り返されるから「自我追求」はどこまでいっても終わらない・・・・・。
'07.9.25.朝日新聞・評論家・加藤周一氏