散歩道<1987>
安倍政権崩壊を読む(1)・保守理念放棄した自民党 (1)〜(2)続く
人気落ちれば「使い捨て」対象
安倍首相の突然の辞任があまりに無責任なものであることはいうまでもない。しかし、安倍氏自身もそのことは重々承知の上での苦渋の判断であれば、おそらく心身の状態が限界に達していたと推測すべきであろう。しかも、この行動の無責任を批判することは容易だが、首相はもっぱら人気投票の対象とし、人気が落ちれば使い捨てる今日の政治風土のなかで、一体、誰が安倍氏の無責任を批判する資格をもつのだろうか。
安倍氏をここまで追い込んだものは三つある。第1に、その場その場の出来事に情緒的に反応する不安定な世論、第2に、憲法や「戦後レジーム」という大きな理念の争点を避け、「政治とカネ」を政局にしようとした民主党の戦略、そして、第3に、自民党自身である。
選挙に勝つための広告塔
1年前に自民党議員の多くが安倍氏を担いだのは、結局のところ、小泉氏の後押しがあり、国民的人気を持つ安倍氏を首相にすれば選挙に勝てるという打算があったからであり、それ以上のものではなかった。決して、安倍氏の「戦後レジームからの脱却」という理念を本気で支持したからではない。だから、選挙に勝てないとなると、もはや安倍氏を支えるものはなくなる。小泉政治以来、首相は世論の支持を調達し、選挙に勝つための広告塔という役割りを当てられてしまったのである。
もともと、安倍氏の政治的使命は、国民的人気などとは別に、戦後生まれの宰相として初めて憲法改正や戦後日本の見直しという大きな保守的理念を掲げた点にあった。しかし、政治改革から始まり、経済改革、財政改革、行政改革と続き、「改革政党」を自任する今日の自民党には、安倍氏のような大きな保守的理念を受け止める余地はほとんどなかった。小泉政治によって、自民党は自ら大衆的人気主義の中へ投じ、最も急進的な「改革政党」へと変えてしまった。もはや自民党は保守政党ではなくなっていたのである。
'07.9.15.朝日新聞・京都大教授・佐伯 啓思氏