散歩道<197>

               相(31)・花火 1、記念すべき日、2、花火の歴史は、
3、薩摩藩・藩主・島津久光は4、こころ」を励ます

1、皇太子妃が決まった日、雅子様に敬宮愛子様が生まれた日、田中様がノーベル賞をもらった日(出身地の富山県では花火が打ち上げられた。
 今の時代では花火は夏の風物詩として全国的に花火大会等として定着している、日本の文化である。花火は 小、中、高校等の運動会や学園祭、大学祭、又、商店街の売り出し初日等の楽しい記念日の朝、打ち上げられるようである歴史的?にはどのような事柄と関係していたのだろうかと調べてみました。


2、花火の原型は烽火(のろし)のようです。花火として出現したのは黒色火薬の発明以来(1242以降だそうです。日本の花火はオランダ人か、ポルトガル人が徳川家康にあって実演して見せたのが初めてだそうです。その後民衆の中に広く行き渡ることになった。花火として用いられる現象は光、音、煙、形(端、風船、ビラ)の4つのようで、花火のは、1、爆発音、2、唸り音、3、振動燃焼音3つだそうです。両国の川開きは1733年(享保18年)その前年、享保の大飢饉で餓死者が90万人、又、江戸に現在のコレラ病が発生し死者が路上に捨てられたので、幕府は慰霊と悪病退散のため水神祭を行ったそうです。

3、薩摩藩・藩主・島津久光は、家臣であった大久保利通が中心になって薦めた廃藩置県(1871年に施行された)に怒り、1日中花火を打ち上げ続けたらしい。
(NHKの遷都江戸の話から)


4、朝のNHKの連続放送劇「こころ」(主人公・中越典子さん)の恋人役の医師優作先生が遭難して亡くなった時、花火師である「こころ」の父親は優作との約束で、花火を供養のための打ち上げてやる。それは、又「こころ」を励ます意味でもあった。2012年5月13日
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